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聞くということを中心とした会話

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意思の疎通や会話の本質や目的について最近考えることが多かったのだが、「おのひろきおんらいん」でも「共感をエミュレーションするシステム化型の脳」というコミュニケーションに関連した記事が掲載されていた。皆がコミュニケーションについて考えてしまう季節なのだろうか。(笑)

おのひろきおんらいん : 共感をエミュレーションするシステム化型の脳

ない読解力で何度も記事を読み返して自分なりに消化した。共感を試みてみたのだが、タイトルの「共感をエミュレーションする」という表現がどうしてもひっかかる。「エミュレーション」という言葉の解釈が間違っているのかと思ったりしたが、

だから共感した振りをします.

という文面を読んでおのさんの意図とこちらの解釈には相違ないと認識した。
確かに共感できないものに対して共感するふりをすればその場は平和に進むかもしれない。しかし相手は本当にそれを望んでいるだろうか?それでは必ずしもコミュニケーションの目的である意思の疎通は図られないのではないだろうか。「共感したふりをする」というのはコミュニケーションスキルというよりもネゴシエーションスキルに近い印象を受ける。それはコミュニケーションを意図的にある方向に誘導する為にビジネスや交渉事において戦略的に使ったり、恋愛成功マニュアルといった本に出てきそうな、ちょっと計算が入った手法というイメージを受けてしまう。ゆえに心を通わせたい仲間とのコミュニケーションにおいて「ふりをする」というのはどうなんだろう、と疑問を感じてしまうのだ。
ではコミュニケーションと「共感」についてどうあるべきか考えてみたが、いまいちきちんとした意見が出ない。相手の心情を理解してそれに共感できるに越したことはないが、共感するしないはやはりその内容によると思う。それよりも「心情を理解する」というステップの重要性につ最近考えていたところなのでついそっちに思いが行ってしまうのだ。(よって以降おのさんの記事内容とは違うトピックになってしまう。)

さて...
コミュニケーションにおいてより大事なのは「相手をきちんと聞き、理解する」ことだと思う。この当たり前の事が(自分自身を含めて)実はあまり出来ていないと感じることが多い。
コミュニケーションを求めてくる人は自分の思いや意思を伝えるためにやってくる。その相手に応じる場合、相手の発言の意図をきちんと理解しているだろうか。理解したと思い込んでいないだろうか。「聞く」という日本語は英語でlistenであったりaskであったりするが、readとは訳さない。聞いて理解するということはlisten and askすることであり、read (one's mind)ではないと思うのだ。
意思表示や発言は明快なものばかりではない。オブラートに包まれた言い方や、様々な修飾により主体がぼやけてしまっていることもある。感情表現となると表現も難しい。そもそも発想や考えが自分と異なる主観をベースに伝わってくるという難しさもある。もっと低レベルなところでは自分のようなボキャ貧もいる。(^^;)相手の心情や意図をきちんと理解するのは難しい。しかし努力することは可能である。断片的な解釈のまま相手を"理解"してしまっていないだろうか。理解を深めるための会話を怠っていないだろうか。askを忘れていないか。さらに、自分の言いたいことに重みを置くあまり、相手の言葉の趣旨にバイアスを掛けていないだろうか。
相手をきちんと聞いて相手の意図に応じてあげる、
これを双方が繰り返すことでコミュニケーションは成り立つ。この「聞く」ことこそ重要なコミュニケーションスキルなのではないかと思う。
聞くスキルに長けている人とはスムーズなコミュニケーションがとりやすいし、双方の意思もきちんと伝わる。聞こうという意思も伝わってくるので何よりも会話が楽しい。逆に双方が"聞かない"会話はお互い言いたい事を言い放つわりには相手の理解を得られない、ストレスフルなものとなる。それをコミュニケーションと誤解していることも少なくない。自分は決して聞くスキルに長けているとは思わないが、「聞く」を中心に据えた会話を随分前から意識して人と話すようにしている。それは果たして伝わっているだろうか、日々精進。
会話というのはドッジボールでもテニスの壁打ちでもゴルフの打ちっぱなしでもなく、キャッチボールでないとダメなんだと思う。それも自分が良かれと思ったところに投げるよりも、どこに投げて欲しいか聞いてからお互いのグローブめがけて投げる方がストライクの確率も上がる、その方が楽しい。意思の読み合いではなくて意思の相互理解として会話を行なう、こうだと決め付けられるよりも本当の自分と向き合って欲しい、それが会話相手が一番望むことだと思う。自分だってそう望むから。
実に当たり前なことに聞こえるが、その当たり前が難しい。ふと気がつくとそういう心地よいコミュニケーションに出会う機会は貴重になってしまっている。キャッチボールをするように、ゆっくり語り合う時間が少なくなったのかな。

それにしても皆こういう文章を書くのが上手いね、とここまで一気に書いてちょっと自己嫌悪気味。

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このページは、@nak(あ)がAugust 23, 2005 12:35 PMに書いたブログ記事です。

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